気持ちと価格


お布施は気持ちでいいですよなんて言われることがあります。
しかし正直どれくらいが常識範囲かわかりません。

そこらへんはお寺さんに相場を素直に尋ねるのが一番でしょう。
そこからの増減は、その家庭によって変わっていきます。

けれどもこれだけは減らされないというのもあります。

それは、消費する道具関係。
今の時代、葬儀社なしで滞りなく葬儀を成し終えるのは難しいです。

寺だけでは、棺を用意できない。
火葬場にお連れすることもできない。そういったところです。

葬儀社に頼らず寺に直接連絡が来た時には、知り合いの葬儀社に頼んで、仏具屋さんで入手するのが難しいそういった諸々の手配はしてもらわないとむずかしいです。

祭壇とかは、本堂の内装の配置をいろいろ変えて上から白い布をかぶせればそのようになりますが、寺がまったくタッチしない品に対しては、これは物品ですから価格があります。

喪主や施主の代わりにいったん代金を立て替える形になります。

そのような費用は、これは気持ちでいいですとは言いづらいですし、明らかに質が違うものです。

なるべく経費の負担を軽くしようという気持ちはわかりますが、軽くできるものと、軽くすべきではないものがあります。宗教法人であるお寺も経営して続けていかなければいけないものの一つです。お寺単独で何とかできることと、ほかの組織団体なしではできないことがあります。

軽くできることと、軽くしてはいけないものの区別や線引きをしっかりと認識していただけると、結果的にご供養に手を抜かないということにもつながります。

勝手に決めつけずいろいろとお寺に問い合わせて、喪主・お寺ともに余計な負担がかからないような段取りをしていくことも大切です。


参考までに昔話を


車なんてなかった時代、とうぜん霊きゅう車もありません。
自分も話を聞いただけですが、昔は大八車、リヤカーで火葬場まで運んだそうです。
そして火葬場はそのような点火する場所もありシステムもあり機械化されてますが、昔は直接火の番を遺族関係者がしていたようです。

今現在健在なお檀家さんの中ではその役目をした人もいまして、燃えてる間遺体の上半身がむくっと起き上った時はびっくりしたなんて話もしてくれました。

葬儀の祭壇の骨組みは町内で持ち回り。
葬儀を執り行った家で祭壇の資材を管理して、次に使う家が出た時にはそれらをその家に持ち運び、町内や地域みんなで組み立てて遺族を助けて手伝ってたりしたそうです。

今では、特に田舎では一家丸ごと引っ越しなどをして人の手も少なくなってきています。
そんな中でうまれた葬儀社。

人手不足や高年齢化で困ってる人たちの力強い味方でもあります。
葬儀に使用する道具や、葬儀に使うお花などの手配。
その後のお斎(とき)などと呼ばれる食事の手配など、身近に人たちの代わりに見も知らぬ多くのほかの人たちが手伝ってくれるのです。

中には困ってる人の足元を見る人たちもいますが、迷惑行為につながるようなことならばあっという間に広まって、ホンモノのそういう人たちが最後に残ります。

ホンモノの方々には、そんな中途半端な人たちに負けないように、常にしっかりと真心で持って、菩提寺とともにご遺族の心を強く支えていただきたいものです。